最終更新日:2025年10月15日
EPA 1634 (Draft Method) 準拠メソッド最適化の概要
EPA Draft Method 1634は、主に雨水や表層水などの水系マトリックス中の6PPD-キノンの定量を目的とした、パフォーマンスベースのLC-MS/MSメソッドです。実験を通して、分析カラムや条件を最適化して、メソッドが規定する条件をすべて満たした上でパフォーマンス(性能基準)向上の可能性について検証しました。その結果、メソッド要件を満たしながらも、総分析時間を従来の10分から5.5分に短縮可能であることが実証されました。これによりサンプルスループットが向上し、ラボ全体の生産性も改善されました。
はじめに~6PPD-キノンの環境動態とメソッド最適化の背景
6PPD-キノン(6PPD-Q)は、タイヤ添加剤であるN-(1,3-ジメチルブチル)-N’-フェニル-p-フェニレンジアミン(6-PPD)が大気中のオゾンと反応することにより生成されます。降雨後などに6PPD-キノンが道路表面から流出し、河川や湖沼(流出水)へと流入します。研究報告から、6PPD-キノンはギンザケをはじめとする魚類に致死的な影響を及ぼす可能性があることが明らかになっており、その実態把握は環境分析上きわめて重要です。このような6PPD-キノンの流出水への溶出に対する懸念は高まる一方です。そこで、EPAは2023年12月、水質汚濁防止法(CWA)に基づき、Draft Method 1634「液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析法(LC-MS/MS)による水系マトリックス中の6PPD-キノン定量法」を発表しました。
Draft Method 1634はパフォーマンスベースのメソッドです。規定されたメソッドと同等の結果が得られるのであれば、メソッドに変更を加えることが許容されています。この柔軟性を活かし、分析カラムやLC-MS/MS分析条件を最適化することで、メソッド要件を満たしながらも分析時間を短縮し、分析サンプル数を増やすことが可能か、以下の実験を通して検討しました。また、マトリックス由来の干渉を低減するために、高性能なResprepポリマーSPEカートリッジをサンプル前処理に使用しています。
実験
校正用標準溶液
アセトニトリルを使用し、濃度の異なる7点の校正用標準溶液(Table I参照)を調製しました。 EPAメソッドに従い、%RSEが最小となる曲線近似を選択しました。
Table I: 校正用標準溶液濃度
| 校正用標準溶液濃度 (ng/mL) | |||||||
| 化合物および中間標準物質の濃度 | C1 | C2 | C3 | C4 | C5 | C6 | C7 |
| 6PPD-quinone (20 ng/mL) | 0.025 | 0.050 | 0.10 | 0.50 | 1.0 | 5.0 | 10.0 |
| 13C6-6PPD-quinone (20 ng/mL) | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 |
| D5-6PPD-quinone (20 ng/mL) | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 |
品質管理(QC)サンプル前処理
EPA Draft Method 1634, Section 7.2に従い、Cambridge Isotope Laboratories社製の抽出内部標準および未抽出内部標準(EIS/NIS)(cat.# CIL-ULM-12288-1.2、CLM-12293-1.2、およびDLM-11616-1.2)を50 μL添加した脱イオン水250mLを使用して、ポリプロピレン製ボトルにサンプルを調製しました。このサンプルを用いて、精度、再現性、およびメソッド検出限界(MDL)の測定を実施しました。初期精度および回収率(IPR)分析用のサンプル(n=4)には、40 ng/Lの6PPD-キノンを添加しました。MDL用サンプル(n=6)には、ネイティブ標準物質の5:1希釈液を50 µL添加し、抽出前濃度を20 ng/mLとしました。MDLサンプルの調製、抽出、分析は3日間にわたり実施されました。
水サンプル
ペンシルベニア州ステートカレッジの高速道路322-Eastの道路流出水から、実際のマトリックスサンプルを採取し、PTFEライニングキャップの付いた250 mLの琥珀色のガラス瓶に収容しました。サンプルは6℃以下で保存し、すべてのサンプルは採取から14日以内に抽出しました。EISをサンプル抽出前に添加し、NISは抽出後に添加しています。
サンプル抽出
サンプル抽出は、Dionex AutoTrace 280 PFASモデルシステムで、ResprepポリマーSPEカートリッジ, HLB, 60 µm, 6 mL/200 mg(cat.# 28264)を使用して実施しました。Figure 1の手順に従って、3日間にわたってサンプルを抽出しました。抽出後、サンプルに50 µLの未抽出内部標準(NIS, Cambridge Isotope Laboratory社製 cat.# DLM-11616-1.2)を添加しました。

メソッドに使用した装置
この実験で使用したのは、「Waters ACQUITY Premier LC」と「Xevo TQ Absoluteトリプル四重極 MS」です。Draft Method 1634のオリジナルの条件をTable IIに、この実験で使用した最適化されたカラムと条件をTable IIIに示します。
Table II: Draft Method 1634推奨のHPLC条件(Section 10.3.1)
| カラム | C18 phase 4.6 x 100 mm, 3.5 µm | ||
| 移動相A | 0.2% ギ酸水溶液 | ||
| 移動相B | アセトニトリル | ||
| カラム温度 | 45 °C | ||
| 注入量 | 20 µL | ||
| 流速 | 0.6 mL/min | ||
| 最大圧力 | 7500 psi (517 bar) | ||
| グラジエント | 時間(min) | %A | %B |
| 0 | 90 | 10 | |
| 1 | 90 | 10 | |
| 3 | 45 | 55 | |
| 6 | 1 | 99 | |
| 8 | 1 | 99 | |
| 8.5 | 90 | 10 | |
| 9 | 90 | 10 | |
| 6PPD-キノンの予定溶出時間 | 7.53 min | ||
| 総分析時間 | 10.0 min | ||
Table III: 最適化されたLCメソッド条件
| カラム | Raptor C18 50 x 2.1 mm, 2.7 µm (cat.# 9304A52) | ||
| ガードカラム | Raptor C18 EXP guard column cartridge 5 x 2.1 mm, 2.7 µm (cat.# 9304A0252) | ||
| 移動相A | 0.1% ギ酸水溶液 | ||
| 移動相B | 0.1% ギ酸含有アセトニトリル溶液 | ||
| 希釈液 | アセトニトリル | ||
| カラム温度 | 40 °C | ||
| 注入量 | 3 µL | ||
| 流速 | 0.5 mL/min | ||
| 最大圧力 | 3200 psi (220 bar) | ||
| グラジエント | 時間 (min) | %A | %B |
| 0 | 70 | 30 | |
| 3 | 0 | 100 | |
| 4 | 0 | 100 | |
| 4.01 | 70 | 30 | |
| 5.5 | 70 | 30 | |
| 6PPD-キノン 予定溶出時間 | 1.93 min | ||
| 総分析時間 | 5.5 min | ||
結果と考察
LC-MS/MSメソッドの最適化とクロマトグラフィー性能
パフォーマンスベースのDraft Method 1634は、メソッドのパフォーマンス要件をすべて満たすことを条件に、メソッド条件の変更が可能です。この実験において、いくつかのパラメータを最適化し、分析時間短縮、スループット改善、HPLCおよびUHPLCプラットフォーム両方に適合するメソッド確立を実現しました。最終的に、最適化されたメソッド(Figure 2参照)によって、6PPD-キノンの保持時間を従来の7.53分から1.93分へ、また、総分析時間を10分から5.5分へ短縮することができました。さらに、最大背圧を220 bar以下に抑えることも実現しています。以下に最適化パラメータを詳述します。
最適化の鍵はカラム選択
- Draft Method 1634推奨の分析カラム:C18 固定相(3.5 µm粒子径の100 × 4.6 mmカラム)
- 最適化されたメソッドで使用したカラム:Raptor C18 カラム(2.7 µm粒子径の50 × 2.1 mmカラム)
この分析では、分析時間の短縮を目的としてRaptorカラムを選択しました。Raptorカラムは表面多孔性充填剤(SPP)を採用しており、Draft Methodで推奨されている全多孔性3.5 µmカラムと比べてカラム効率が高く、分析時間を短縮しつつ背圧を低く抑えることができます。また、分析カラムの保護と微粒子除去のために、Raptor C18 EXPガードカラムカートリッジ(cat.# 9304A0252)を併用しました。
さらに、カラム内径を小さくしたことにより、分析時間は更に短縮されました。一方で、流速を低く設定したことで、背圧および溶媒消費量を抑えることができました。ナローボアカラムを採用した今回の条件では、メソッドの高速化にもかかわらず、早期に溶出するマトリックス由来成分が目的成分と良好に分離されました。サンプル前処理には、ResprepポリマーSPEカートリッジを使用し、非常にクリーンな抽出液を得ることができました。これにより、マトリックス由来の干渉リスクがさらに低減されました。
また、カラム内径がDraft Methodで推奨されているものより小さいため、注入量を20 µLから3 µLに変更しました。注入量の低減によって、以下のようなメリットが得られます。
- 分析カラムへのマトリックス流入量の低減 → 分析結果の安定化
- カラム寿命の延長
- マトリックス効果の低減
- 再分析に備えたサンプル確保の容易化
溶媒の選定で変わるピーク形状
有機系移動相(溶媒)としてメタノールとアセトニトリル(双方とも0.1%ギ酸含有)を使用し、分析結果を比較しました。いずれの溶媒においても結果は許容範囲内でしたが、感度向上とピーク形状の改善が見れらたのはアセトニトリルでした。アセトニトリルは、サンプル希釈液として使用されており、移動相の有機溶媒に同じ溶媒を採用したことで、溶媒ミスマッチが抑えられたと考えられます。したがって、アセトニトリルを移動相溶媒として選択しました。
互換性の高いグラジエント条件
この実験ではカラムの内径を小さくしたため、Draft Method 1634推奨の溶出グラジエント条件も変更しています。最適化されたカラムおよびグラジエント条件により、6PPD-キノンは十分に保持され、早期に溶出するマトリックス由来化合物から良好に分離されました。6PPD-キノンのピーク検出後、3〜4分間、移動相Bを100%とする条件で洗浄を行いました。これによりカラム内にコンタミネーションが残ることなく、キャリーオーバーを防止することができました。その後、グラジエントを初期条件に戻し、次のサンプル分析に備えてカラムが十分に再平衡化されるようにしました。本メソッドの最大背圧は220 barであり、HPLCおよびUHPLCシステムのいずれにも適用可能です。
直線性
最適化メソッドでは、0.025~10 ng/mLの検量線範囲での優れた直線性(相対標準誤差(%RSE)3.77%)です(Figure 3参照)が示されました。これはメソッドが規定している20%未満を十分に満たしていました。この実験において直線性の評価に、r²の代わりに RSEを評価指標として使用しています。これは、Draft Method 1634 において次のような記載があるためです:「相関係数 r および決定係数 r² は直線性の適切な評価指標とはみなされておらず、本法では使用してはならない。」

初期精度および回収率(IPR)
IPR(初期精度および回収率)評価をするために、40 ng/Lのスパイクサンプル(n=4)を分析し、精度と再現性を確認しました(Table IV参照)。平均回収率は95%で、相対標準偏差(%RSD)は4.00%でした。これらの結果より、Draft Method 1634の規定(回収率: 70~130%の範囲内、%RSD:20%未満)を十分満たしていることが示されました。
Table IV: IPRパフォーマンスデータ (40 ng/L spike [n = 4])
| Sample # | Recovery (ng/L) | Recovery (%) |
|---|---|---|
| 1 | 40.1 | 100% |
| 2 | 38.3 | 95.80% |
| 3 | 35.8 | 89.50% |
| 4 | 37.8 | 94.50% |
メソッド検出限界(MDL)および定量限界(ML)
開発したメソッドのMDLとMLを確認するため、Draft Methodに従い、3日間にわたって複製サンプルを6回に分けて抽出しました。スパイクサンプルとブランクサンプルの結果から得られた標準偏差にStudentのt値3.143を乗じ、それぞれの結果を算出しました。これらのうち、より大きい方の値を MDL として採用しました。Draft Method 1634, Section 0.2には「MLはMDL(プールされているか否かに応じて、適切な方)に3.18を乗じ、その結果を1、2、または5×10ⁿ(nは0または整数)のいずれかに最も近い値に四捨五入して決定する[1]」と記されています。これに従って、今回の実験ではMDL(非プール)が0.285 ng/Lであったので、MLを1 ng/Lとしました(Table V参照)。
Table V: 脱イオン水中6-PPD-キノンのMDL値とML値
| MDL (ng/L) | ML (ng/L) |
|---|---|
| 0.285 | 1 |
抽出内部標準(EIS)および未抽出内部標準(NIS)
EISを使用した場合とNISを使用した場合の平均回収率と標準偏差(RSD)はTable Vに示す通りでした。いずれを使用した場合でも良好な回収率と低いRSDが示されているため、このメソッドの精度は良好であると言えるでしょう。
Table VI: 内部標準タイプ別回収率 (n = 17)
| Compound | Avg. % Recovery | %RSD |
|---|---|---|
| EIS | 82.2% | 5.6% |
| NIS | 117.8% | 1.9% |
流出水
Table VIIに示すデータから分かるように、添加脱イオン水と流出水の回収率はメソッドが規定する範囲内(70~130%)にあります。また、非添加流出水における6PPD-キノンのレスポンスは、非添加脱イオン水に比べて約30%高いです。これはマトリックスサンプルが採取された場所に6PPD-キノンが存在しているものの、その濃度は定量限界以下であることを示しています。
Table VII: マトリックス別回収率 (40 ng/L spike)
| マトリックス | %Recovery |
|---|---|
| 脱イオン水 | 100.70% |
| 流出水 | 95.50% |
結論
EPA Draft Method 1634では、主に雨水や表層水などの水系マトリックス中に含まれる6PPD-キノンを、LC/MS/MSによって分析するための性能基準を定めています。このメソッドはパフォーマンスベースであるため、メソッドの要件を満たしている限り手順を変更することが可能です。この実験の目的は、最適化されたLC-MS/MSメソッドを確立して、分析時間短縮、サンプルスループット向上を実現する事でした。そこで、EPA Draft Method 1634に則り、Dionex AutoTrace 280 PFASシステムを用いて前処理と抽出を行った後に、最適化されたLC-MS/MSメソッドを用いて分析を実施したところ、以下の結果が得られました。
- 検量線範囲: 0.025〜10 ng/mL
- 相対標準誤差(%RSE): 3.77%
- 13C6-PPD-キノン(EIS)n=17の平均回収率:82.2%
- 相対標準偏差(RSD): 5.6%
- D5-6-PPD-キノン(NIS)の平均回収率: 117.8%
- 相対標準偏差(RSD): 1.9%
- メソッド検出限界(MDL): 0.285 ng/L
- 定量限界(ML): 1 ng/L これらの数値が示すのは、このメソッドの安定した性能です。
40 ng/LのIPRスパイクレベルでは、平均回収率95.0%、相対標準偏差(RSD)4.0%という良好な結果が得られました。濃度40 ng/Lのマトリックスサンプルの回収率は95.5%で、脱イオン水サンプルの回収率は100.7%と、メソッドの規定を十分に満たしています。加えて、最適化されたHPLCメソッドにより分析総時間は10分から5.5分におよそ半減し、6PPD-キノンの溶出時間は7.5分から1.9分と大幅に短縮されました。注入量を減らしつつ背圧は低いままなので、HPLCおよびUHPLCの両システムで問題なく運用可能です。
このように、本研究で開発したメソッドは、高速かつ高感度に6PPD-キノンを定量でき、環境試料の効率的な分析に貢献することが期待されます。
謝辞
本検討における貢献に対し、Grayson Ritch 氏、Diego López 氏、および Colton Myers 氏に感謝いたします。
参考文献
1. U.S. Environmental Protection Agency, Draft Method 1634, Determination of 6PPD-quinone in aqueous matrices using liquid chromatography with tandem mass spectrometry (LC MS/MS), December 2023. https://www.epa.gov/system/files/documents/2025-02/draft-method-1634_1-24-24_508.pdf


