Key Highlights
- シリカ表面で安定した高い不活性度を実現するTriMax不活性化処理
- 高い不活性度によってピーク形状が改善し、幅広い半揮発性化合物でピコグラムレベルの低濃度定量が容易になります。
- カラム性能の向上により、分析対象化合物の拡張や、試料量・抽出量を抑えた前処理が可能になります。

Abstract 概要
本研究では、Restekが開発した独自の新コーティング技術であるTriMax不活性化処理を施したRMX-5Sil MSカラムが、半揮発性有機化合物のGC-MS/MS分析に与える影響を評価しました。酸性・塩基性・中性など幅広い化学特性をもつ化合物を対象に、ピーク非対称性、検量線の直線性、回収率、再現性を指標として、一般的に使用されている分析用GCカラムと合計4種類のカラムで比較を行いました。
その結果、RMX-5Sil MSカラムは、酸性・塩基性・中性のいずれの半揮発性有機化合物でも安定した性能基準を満たし、特定の化合物群のみで基準を満たした他のカラムとは明確な差が認められました。また、低濃度域においても幅広い化合物で良好なレスポンスが得られました。
これらの結果は、前処理で使用する溶媒量の削減や、酸性・塩基性・中性化合物を単一メソッドで扱う分析手法の構築に寄与する可能性を示しています。さらに、TriMax不活性化処理は、競合カラムで生じた活性部位由来の影響を抑え、定量精度を低下させる要因を効果的に低減することを確認しました。
Introduction はじめに
半揮発性有機化合物(SVOC)は環境中に広く存在するため、人の健康への影響について、世界各国で監視されています。GC-MSやGC-MS/MSはこうした化合物の分析に一般的に用いられており、特にMS/MSを用いた場合、その高い感度により、低濃度域まで安定した測定が可能となっています。
環境分析の現場では、従来より少ない溶媒で処理できる低容量抽出法が用いられることがあります。低容量抽出法は操作が簡便で、ジクロロメタンなどの溶媒使用量を抑えられる一方、処理する試料量が小さいため、抽出液に含まれる分析対象物質の総量が従来法より少なくなることがあります。そのため、低濃度域の分析では、より高感度なMS/MS検出が選択される傾向があります。
半揮発性有機化合物は酸性・塩基性・中性など科学特性が多様で、その一部は分析時のサンプル経路に残存する活性部位(例:シラノール)と相互作用し、低濃度域での安定した検出を難しくする要因となります。このような課題を避けるため、試験室では分析対象化合物に応じてGCカラムを使い分けることがあります。
一般的には“5”系や“5Sil”系の微極性カラムがよく使用されていますが、より低い濃度を測定しようとするほど、こうした“5系タイプ”カラムの製造プロセスに由来するわずかな違いが、分析結果に明確に表れるようになります。中性化合物はカラム表面に残存する活性部位の影響を受けにくい一方、酸性化合物や塩基性化合物は、表面のわずかな違いにも高い感受性を示します。このような背景から、システム適合性試験では塩基性化合物であるベンジジンや、酸性化合物であるペンタクロロフェノールが評価対象に含まれており、より低濃度まで精度の高い検量線が求められる現在、GCカラム表面の活性部位はこれまで以上に厳しく評価されています。
そのため、酸性・塩基性・中性の半揮発性有機化合物に対して広く有効な不活性化処理を施したGCカラムが強く求められています。こうしたカラムを用いることで、溶媒使用量の削減、装置性能の維持・改善に加え、複数の化合物クラスを同一メソッドで扱える可能性が高まり、試験室運用の効率向上が期待できます。
本研究では、半揮発性有機化合物の分析で広く使用されている複数の GC カラムと、RMX-5Sil MS カラムの性能を比較しました。RMX-5Sil MS カラムには、TriMax 技術を採用した独自の TriMax 不活性処理が施されています。この処理により、ポリマー層が安定して形成され、表面の活性部位が抑制されることで、高い不活性度をもつカラムが実現します。
RMX-5Sil MS カラムは従来型の 5sil ポリマーを使用しているため、5sil カラムの直接的な代替として使用できます。一方で、表面が中性に保たれることにより、幅広い化合物でピーク形状と性能が改善され、データ品質要件を満たしながら、より低濃度域まで検量線を設定しやすくなります。
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Experimental 実験
Standard and Sample Preparation 標準溶液およびサンプル調製
酸性・塩基性・中性の半揮発性有機化合物を含む検量線標準溶液は、各化合物の検量線下限値を設定するため、ジクロロメタン中で0.5〜5000 ppbの範囲で調製しました。各カラムの評価には、新たに調製した検量線標準溶液を使用しました。さらに、中間レベルでの回収率を確認するため、50 ppbの回収率試験用標準溶液も調製しました。
Instrument Conditions 分析条件
分析は、RMX-5Sil MS、2種のプレミアム競合カラム、1種の従来型競合カラムの計4種類のGCカラム(いずれも30 m × 0.25 mm ID × 0.25 µm)を用いて実施しました。
半揮発性有機化合物の測定にはThermo TRACE 1310 GCとTSQ 8000質量分析計を用い、下記条件で測定を行いました。本検討ではカラム間の比較を公平に行うため、分析条件は統一し、最適化は行っていません。日常の分析では、注入口条件、オーブンプログラム、検出器条件を適宜調整することで、より良いクロマトグラフィーが得られる場合があります。最適化した条件を用いた低濃度試験(半揮発性有機化合物150成分)の詳細は文献[1]に示されています。
注入量: 1 µL
ライナー: Topaz 4 mm Precision inlet liner with wool (cat.# 23305)
注入口条件: 250 °C; 5:1 スプリット; 1.2 mL/min
キャリヤーガス: ヘリウム
オーブンプログラム: 40 °C(1分保持)→ 280 °C(12.4 °C/min)→ 315 °C(3.3 °C/min、1分保持)
検出器条件: MS/MS; SRMモード、トランスファーライン 280 °C、イオン源 330 °C(SRMトランジションはFigure 1を参照)
Data Quality Evaluation データ品質の評価
データ品質の評価は、ピーク非対称性、直線性、回収率、再現性を指標として行い、各項目の評価結果はTable Iの基準に基づいて分類しました。ピーク非対称性は不活性度の指標として各化合物で評価しました。直線性はR²と%RSDの両方を用いて評価しました。回収率は、検量線の最も低い濃度レベル(LCP)および50 ppb(中間レベル)で測定し、50 ppbにおける回収率の再現性も併せて評価を行いました。
Table I: Data Quality Classifications データ品質の評価基準
| 最適 | 許容範囲 | 範囲外 | |
|---|---|---|---|
| ピーク非対称性 | 0.9-1.2 | 0.5-0.9 or 1.2-2 | <0.5, >2 |
| 直線性 (R2) | >0.995 | 0.990-0.995 | <0.990 |
| 直線性 (%RSD) | <10% | 11-20% | >20% |
| 回収率 (LCP) | 70-130% | 50-69% or 131-200% | <50%, >200% |
| 回収率 (50 ppb) | 70-130% | 50-69% or 131-200% | <50%, >200% |
| 再現性 (%RSD at 50 ppb) | <10% | 11-20% | >20% |
Results and Discussion 結果および考察
Chromatographic Performance 分析性能
シラノールはGCカラムのフューズドシリカ表面に存在する代表的な活性部位であり、その影響を低減するために、各メーカーはさまざまな不活性化処理を施しています。しかし、不活性化が不十分な場合、分析対象物質がシラノールと相互作用し、固定相からの分配挙動には不均一性や遅延が生じます。その結果、ピークのテーリングが生じ、保持時間のずれや感度低下などの問題を引き起こします。
酸性化合物、特にフェノール類は水素結合を介してシラノールに保持されることがあり、塩基性化合物(例:ベンジジン)は酸塩基相互作用により表面と結合する場合があります。半揮発性有機化合物は化学特性が多様で、それぞれが異なる機構・程度で活性部位と相互作用するため、GCカラムには幅広い化合物に対して安定した不活性度が求められます。
GCカラム表面に残存するシラノールの影響を抑える新たなアプローチとして、Restekは次世代のTriMax不活性化処理を開発しました。このTriMax不活性化処理を適用したのがRMXカラムシリーズです。この処理は、ポリマー層とフューズドシリカ基材によって形成される界面を強化することで、表面シラノールの活性を抑え、分析対象物質との相互作用を防ぎます。
Figure 1に示すように、この処理により、広範な半揮発性有機化合物に対して良好な分離と、シャープで対称性の高いピークが得られました。ここには、2,4-ジニトロフェノール(2,4-DNP)、ペンタクロロフェノール、ベンジジンといった難分析性化合物も含まれています。
Figure 1: 標準化した比較分析条件下では、RMX-5Sil MSカラムで、幅広い半揮発性化合物で優れたピーク形状が得られた(最適化された条件については、150種類の半揮発性化合物の低濃度分析法[1]を参照)(ピークリストと分析条件を含む完全版はPDFでダウンロード可)。
半揮発性有機化合物分析に一般的に用いられるカラムとRMX-5Sil MSの不活性度を比較するため、標準化した条件下でピーク非対称性を評価しました。低濃度ではピークがベースラインに埋もれる、また、テーリングにより判定が難しくなるため、ピーク非対称性を適切に比較できる中間濃度として50 ppbを選択しました。
Figure 2に示すように、RMX-5Sil MSカラムでは、酸性・塩基性・中性の半揮発性化合物において、他のいずれのカラムよりも多くの化合物で性能基準を満たす結果が得られました。特に酸性および塩基性化合物では差が顕著であったことから、単一の分析条件でより多くの化合物を確実に同定・定量できることが示されました。
Figure 2: 非対称性の評価比較によって示される、非常に不活性なRMX-5Sil MSカラムの、より多くの酸性・塩基性・中性の半揮発性化合物における、理想的なピーク形状

ピーク非対称性の改善に加え、Figure 3に示すように、特に取り扱いが難しいとされる半揮発性有機化合物の低濃度域においても、RMX-5Sil MSではより明瞭なピーク形状が得られました。RMX-5Sil MSでは、ピリジン、ベンジジン、安息香酸、2,4-ジニトロフェノール、ペンタクロロフェノールといった化合物で、ソフトウェアによる自動積分が容易な信号強度が確認されました。
一方、競合カラムでは一部の化合物で類似した性能が見られたものの、その他の化合物ではピーク形状が大きく損なわれる場合がありました。こうした視覚的なピーク形状の違いは、RMXシリーズに採用されたTriMax不活性化処理が、従来の不活性化処理よりも幅広い化合物に対して有効であることを示しています。
Figure 3: 幅広い化合物に対して有効な不活性化処理されたRMX-5Sil MSカラムは、取り扱いが難しい活性化合物に対しても、最も低い検量点でも一貫して良好なピークシグナルを示した(ピークリストと分析条件を含む完全版はPDFでダウンロード可)。
塩基性化合物
酸性化合物

直線性
ピーク対称性が向上すると積分が安定し、S/N比も改善するため、より低濃度域まで直線性を確保しやすくなります。こうした背景から、本検討ではまずRMX-5Sil MSカラム上で直線性が成立する検量線範囲を設定しました。化合物ごとに設定範囲は異なり(Table II)、濃度点数は5〜11点、検量線下限値は0.5〜100 ppb(オンカラム量として0.1〜20 pg)でした。また、検量線の直線性はピーク積分の影響を受けやすいため、カラム比較においては積分条件を統一しました。
ピークがベースラインと区別しにくい、あるいは過度にテーリングが発生した場合、手動での積分が必要となり、分析者の作業負担が増加するだけでなく、積分誤差も発生しやすくなります。検量線には重み付け線形回帰や二次曲線などのモデルを用いることも可能ですが、定量分析では線形モデルが最も理想的です。しかし、線形モデルでは補正の自由度が小さく、積分誤差の影響が直接反映されてしまうため、ピーク積分の精度が特に重要になります。(ここで用いる検量線下限値は、分析の検出限界を示すものではありません。)
Table II: 揮発性化合物別の検量線範囲および濃度点数
| 化合物名 | 検量線下限値 (ppb) | 検量線上限値 (ppb) | 濃度点数 |
|---|---|---|---|
| N-Nitrosodimethylamine | 2 | 1000 | 8 |
| Pyridine | 50 | 2000 | 6 |
| 2-Fluorophenol | 0.5 | 20 | 6 |
| Phenol-d6 | 2 | 200 | 6 |
| Phenol | 2 | 200 | 5 |
| Aniline | 2 | 200 | 6 |
| 2-Chlorophenol | 0.5 | 200 | 7 |
| 2-Methylphenol | 5 | 200 | 6 |
| 3- and 4-Methylphenol | 2 | 1000 | 8 |
| Nitrobenzene-d5 | 5 | 1000 | 6 |
| 2-Nitrophenol | 5 | 200 | 5 |
| 2,4-Dimethylphenol | 2 | 200 | 6 |
| Benzoic acid | 100 | 2000 | 5 |
| 2,4-Dichlorophenol | 2 | 2000 | 9 |
| Naphthalene | 1 | 50 | 5 |
| 2,6-Dichlorophenol | 1 | 100 | 5 |
| 4-Chloroaniline | 2 | 200 | 6 |
| 4-Chloro-3-methylphenol | 5 | 2000 | 8 |
| 2-Methylnaphthalene | 1 | 2000 | 10 |
| 1-Methylnaphthalene | 1 | 2000 | 10 |
| 2,4,6-Trichlorophenol | 5 | 1000 | 7 |
| 2,4,5-Trichlorophenol | 10 | 2000 | 8 |
| 2-Fluorobiphenyl | 0.5 | 2000 | 11 |
| o-Nitroaniline | 1 | 100 | 6 |
| Acenaphthylene | 5 | 200 | 5 |
| 3-Nitroaniline | 2 | 100 | 6 |
| Acenaphthene | 5 | 2000 | 7 |
| 2,4-Dinitrophenol | 50 | 2000 | 6 |
| 4-Nitrophenol | 5 | 2000 | 8 |
| 2,3,4,6-Tetrachlorophenol | 10 | 2000 | 7 |
| Fluorene | 5 | 2000 | 9 |
| 4-Nitroaniline | 2 | 200 | 6 |
| 4,6-Dinitro-2-methylphenol | 5 | 100 | 5 |
| Diphenylamine | 5 | 200 | 5 |
| 2,4,6-Tribromophenol | 20 | 2000 | 7 |
| Pentachlorophenol | 10 | 1000 | 6 |
| Phenanthrene | 1 | 200 | 7 |
| Dinoseb | 10 | 200 | 5 |
| Anthracene | 5 | 200 | 6 |
| Fluoranthene | 10 | 200 | 5 |
| Benzidine | 50 | 2000 | 5 |
| Pyrene | 5 | 100 | 5 |
| p-Terphenyl-d14 | 1 | 200 | 7 |
| 3,3′-Dichlorobenzidine | 20 | 200 | 5 |
| Benz[a]anthracene | 20 | 500 | 5 |
| Chrysene | 10 | 1000 | 5 |
| Benzo[b]fluoranthene | 20 | 1000 | 5 |
RMX-5Sil MSカラムで検量線の直線性を確立した後、同一の濃度範囲および積分条件を用いて、各カラムで新たに検量線を作成しました。直線性は、R²(重み付けなし)および応答因子の%RSDにより評価しました。Figure 4に示すように、RMX-5Sil MSカラムでは、他のカラムと比較してより多くの半揮発性有機化合物が基準値(R² > 0.995、%RSD < 10%)を満たしました。これらの結果は、RMX-5Sil MSが全体としてより良好な検量線の直線性を提供していることを示しており、定量精度および正確さの向上に寄与することが期待されます。
Figure 4: RMX-5Sil MSカラムでは、他のカラムよりも多くの半揮発性化合物がデータ品質基準(R² > 0.995、RSD < 10%)を満たしており、優れた検量線の直線性を示している。

回収率
カラム選択の影響を評価するため、回収率は検量線下限値(LCP)と50 ppbの中間濃度を用いて評価しました。LCPではピーク形状がベースラインノイズの影響を受けやすく、再現性の評価には適していません。そのため、カラム本来の性能差がより反映される50 ppbにおいて回収率の再現性を評価しました。
Figure 5に示すように、LCPにおける回収率は、他のカラムに比べてRMX-5Sil MSが最も良好な結果を示しました。これは、TriMax不活性化処理により、微量レベルでのピークレスポンスと積分安定性が向上したためと考えられます。50 ppbの中間濃度では全体として類似した回収率が得られましたが、RMX-5Sil MSでは化合物によらず、より一貫した結果が得られました。
回収率の再現性はピーク形状と積分アルゴリズムの関係に大きく影響を受け、微小なピーク形状の違いが積分結果に強く現れることがあります。50 ppbで示されたRMX-5Sil MSの高い一貫性は、TriMax不活性化処理が注入間のばらつきの要因となる表面活性を抑制していることを示しています。
Figure 5: RMX-5Sil MSカラムは、検量線下限値(LCP)と 50 ppb のいずれにおいても、ほとんどの化合物において回収率70~130%を達成した。さらに、一貫性も非常に高く、ほとんどの化合物が50 ppb で RSD <10% を達成した。

Conclusion 結論
5系および5Sil系カラムは半揮発性有機化合物に適した選択性を持ち、広く使用されています。しかし、従来の不活性化処理では活性部位を完全には抑えることは難しく、特に微量分析においては活性部位と相互作用しやすい化合物の分析に課題が生じます。また、分析対象ごとに複数カラムを使い分ける必要がある場合や、品質基準が満たされない場合、試験室の生産性が低下することがあります。
本研究の比較結果から、RMX-5Sil MSに採用されたTriMax不活性化処理は、従来の処理と比べて表面の不活性度が大きく向上し、酸性・塩基性・中性など幅広い化合物クラスに対して高い性能を示すことが明らかになりました。その結果、RMX-5Sil MSカラムでは、他の分析カラムと比較してより多くの半揮発性有機化合物でデータ品質基準を満たしました。さらに、この性能向上により、溶媒使用量の削減や分析法の集約といった運用面での改善につながる可能性が示されました。
References 参照文献
- E. Pack, C. English, R. Dhandapani, and C. Myers, Increase lab efficiency with a consolidated trace-level semivolatiles method, Featured application note, EVFA5253, Restek Corporation, 2025.





