PFAS分析における最大の課題:見えない汚染源との終わりなき戦い
PFAS分析を難しくしているのは、PFAS化合物の広範な存在に起因する、潜在的なPFAS汚染源の多種多様さです。たとえば…
- 多くの溶剤の濾過には製造工程でPFASが副生される可能性があるPTFEフィルターを使用
- サンプル保管容器のキャップもPTFEで裏打ちされていることが多い
- 超純水システムの樹脂ベッドは安定性のある高分子PFASであるフルオロポリマー含有の可能性あり
- プラスチック容器の成形時に使用する離型剤はフルオロポリマー系化合物を含有
- ラボで着用する白衣に施す防汚防水および耐薬品性処理のためにPFAS化合物を使用
こうした汚染源の種類は膨大で、一つ一つ挙げていてはきりがありません。このような環境下で、特に飲料水中の微量(低濃度)PFAS分析では、どれだけ環境由来の汚染を抑え込めるかがラボにとって極めて大きな課題となります。
EPA Method準拠:現実的な報告限界(MRL)とブランクレベルの管理
さらに分析メソッドが課している基準もラボにとって課題となります。米国環境保護庁(EPA)制定のMethod 537.1および533では、ブランク中のPFASバックグラウンド濃度は、各ターゲット化合物の最小報告限界(MRL)の3分の1未満でなければならないという厳しい要件が示されているからです。RestekのGary OdenとMike Changは、高濃度サンプルからの内部標準物質への干渉の可能性について取り上げ、Method 537.1に準拠した「PFAS非含有ワークフロー」に関するアドバイスを文献にまとめました。ただし、PFASの広範囲な汚染はラボにとって、依然として課題であることに変わりはありません。
バックグラウンド汚染の想定していなかった変調
これまで私は、比較的運が良かったのか、常にバックグラウンドに現れる PFAS 化合物は一種類、ペルフルオロブタン酸(PFBA)だけでした。EPA Method 533に記載されているPFBAの最低濃度の最小報告限界(LCMRL)の一例は13 ng/mLです。MRLをこの値と同等に設定しているラボなら、許容可能なPFBAのブランク濃度は最大で4.3 ng/mとなります。サンプル容量を250 mL、抽出後の最終量を1 mLと仮定した場合、装置で検出されるブランク濃度は最大で1.08 µg/mLです。
実際の測定値は、使用した前処理カートリッジのロット1では0.36 µg/mL、ロット2では0.54 µg/mLと、この許容可能なブランク濃度を下回っていました。しかし後日、ロット1を再検査したところ、PFBAが4.8 µg/mLという想定外の高濃度で検出され、何か問題があると気づきました。装置側のブランクにはPFBAが検出されなかったため、ロット毎に差があるカートリッジ由来なのか、それとも他の消耗品によるものなのか、装置以外の汚染源について精査することにしました。
汚染源調査
1)試薬:変動するPFAS濃度とロット間差
ワークフローの、コンディショニング、ローディング、溶出の各ステップにおいて、下記4種の溶液を各10 mL使用しました。
● リン酸緩衝液
● 酢酸アンモニウム溶液
● メタノール
● 2%水酸化アンモニウム メタノール溶液
これらの試薬をそれぞれ10 mL採取し、1 mLに濃縮して分析を行いました。以下がPFAS濃度となります。
| 試薬名 | 測定結果(µg/mL) |
|---|---|
| リン酸緩衝液 | 0.2 ~ 0.5 |
| 酢酸アンモニウム溶液 | 0.2 ~ 0.5 |
| メタノール(使用中) | 0.08 |
| メタノール(他ブランド) | 0.12 ~ 0.92 |
| 2%水酸化アンモニウム メタノール溶液 | 0.61 |
使用中のメタノールは最も低い濃度を示して安心しましたが、同ブランドを別日で再テストしたところ、測定された濃度は0.64 µg/mLでした。SPEカートリッジと同様、同一ロットでも日によって測定結果に一桁の差が出る場合があり、試薬の安定性や管理体制の見直しが必要であることを感じました。
2)容器:PFAS分析における「隠れた汚染源」
次に、抽出液の回収や減容(ブローダウン)工程で使用する容器の汚染を確認しました。それぞれのチューブに10 mLのメタノール(再テストしたもの)を入れてシェーカー台で1時間撹拌後、PFBA濃度を測定するという手法を採用しました。いずれも、再テストしたメタノール単体(0.64 µg/mL)と近しい値であり、これらの容器自体がPFBAのバックグラウンドに大きく寄与しているとは考えにくいと判断しました。
| 容器名 | 測定結果(µg/mL) |
|---|---|
| 15 mL ポリプロピレン製遠心チューブ | 0.83 |
| 50 mL ポリプロピレン製遠心チューブ | 0.56 |
3)その他の器具
試料や溶剤と接触する可能性がある他の器具にも同様の評価を行いました。それぞれ(手袋は指の部分を切り取り)を、遠心チューブに入れ、メタノールと共に撹拌し、PFBA濃度を測定するという手法を採用しています。
| 器具名 | 測定結果(µg/mL) |
|---|---|
| 1 mL ピペットチップ | 0.29 |
| 10 mL ピペットチップ | 0.72 |
| 使い捨てSPEライナー(PTFE製) | 0.23 |
| 大型手袋(実験者使用) | 3.04 |
| 小型手袋(実験助手使用) | 0.75 |
使い捨てSPEライナーはPFTE製のためPFAS汚染の原因として可能性の高い材質ですが、予想より低濃度の検出でした。一方、大型手袋は非常に高いPFBA濃度を示しました。残念ながらこの手袋は使い切っていたため、この高濃度を再検証するることはできませんでした。
PFAS汚染は「加算的性質」を持つ
この一連の調査を通じて強く感じたのは、極めて低濃度でのPFAS汚染を管理することの困難さと、多層的な汚染源の存在です。私自身のブランクのPFAS濃度は現在1 µg/mL未満で安定しています。しかしそれを継続するためには、PFAS分析において、ブランクの定期的なモニタリングと使用するラボ用品の入念な確認が不可欠だということが今回の検証で明らかになりました。
また、PFAS汚染は「加算的性質」を持つということも重要なポイントです。ここで検証したワークフローの中で注意すべき項目だけでも、SPEチューブ、SPEサンプルトランスファーライン、サンプルボトル、SPEライナー、ピペットチップ、回収チューブ、白衣、手袋、純水、メタノール、リン酸緩衝液、酢酸アンモニウム、水酸化アンモニウム、オートサンプラーバイアルなど、数多く存在します。これ以外にも見落としがある可能性も否定できません。特にWAX(弱陰イオン交換)SPE法では、高感度な分析操作に多数のラボ用品や試薬が関与するため、たとえ各ラボ用品に含まれる汚染レベルがMRLを下回っていたとしても、それが複数積み重なれば重大な影響をもたらす可能性があります。
MRLの設定は「理想」ではなく「現実」に即して
最後に強調しておきたいのは、ラボごとに設定しているMRLが運用可能な現実的水準かどうかの再評価の必要性です。Method 533, Section 9.1.4には、「MRLを低く設定しすぎると、継続的なQC要件が繰り返し不合格になる可能性があることを考慮すべきである」と明記されています。バックグラウンド汚染濃度を常にMRLの1/3未満に保てないのであれば、そのMRLが現場で実現不可能な、不適切な目標である可能性があります。
PFAS分析においては、見えない汚染源の影響を最小化し、現実的かつ再現性のある報告限界(MRL)を設定・維持するために、ラボ全体での継続的な管理と多角的な検証が不可欠であることを心に留めておいてください!

